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無題(タマ)

Installation view at Umberto Di Marino Gallery, Naples, 2015

無題(タマ)

Installation view at Umberto Di Marino Gallery, Naples, 2015

無題(タマ)

Detail

無題(タマ)

World Map (Self-portrate), 1992

無題(タマ)

World Map (Self-portrate), 1991 and Photography, 1992

無題(タマ)

Installation view at Umberto Di Marino Gallery, Naples, 2015

無題(タマ)

2015 (1992 - 2015)

サイズ可変

Photo: Danilo Donzelli, Tartaruga

Courtesy Umberto Di Marino Gallery, Naples

日本では、空中を自由に浮遊する魂の神々は、魂の中で最も重要で偉大な聖性さを持つものとして崇拝されていた。その魂は、いつでも肉体や物体から抜け出て自由に動き回れることができ、魂の形体は球形であると信じられていたために「タマ」と呼ばれていた。

廣瀬は、自身の手によってたくさんの球(タマ)を作りだした。廣瀬の宇宙観が日本の自然観と接続するのをこの「タマ」作品から見ることができる。古代の人々が、天と地を越えて冥界が存在し、死は新たな人生へのはじまりであると想像していたように、廣瀬にとって「タマ」は、アナザーワールドへの入口となる。ここでは、「タマ」というミクロコスモスが銀河というマクロコスモスと重なり合う。廣瀬の連続した宇宙観が、この「タマ」作品にも見てとれる。廣瀬の作品が不可視で不定形な自然現象や環境、あるいは森羅万象の、天地万物などの自然界、日々の日常生活から宇宙までの連続した空間と、そこに宿る超自然的で四次元的な世界観にもつながっているということだろう。同時に「タマ」は、廣瀬の内面の精神性を表し、彼のセルフポートレートとしてのミクロコスモスと解釈できる。

廣瀬の彫刻は、4次元空間と日常生活なども含む森羅万象、宇宙としての自然の断片を廣瀬独自の美学での切り取ったものなのだ。ひとことで言えば、ミクロコスモスとマクロコスモスの共振である。廣瀬にとって世界とは、すべてのあらゆるものがつながり、無限に存在しリンクしいる状態にあり、個々のものが独自性を持ちながらも、トータルな世界を構築していると理解している。言い換えると、それは特定の言葉や民族、境界をつき尽きぬけて、因果関係の関係性がありえるとするシンクロニシティーの世界と通じるともいえる。
そこには「アートは、異質なものの出会いによる再構成によって、はじめて美的なものとなり、より作品としての強度をもちえる」という彼の芸術観が反映されている。